ニュースの概要
米ジョンズ・ホプキンス大学応用物理研究所の研究チームが、家庭で使える絆創膏サイズの額用パッチを開発している。パッチは額から脳の電気活動を読み取り、AIが一晩の眠りを「浅い」「深い」「レム」などの段階に自動で振り分ける。AIは公開データベースにある約1万1,000件の夜間記録で学び、専門家の判定に近い精度を示したという。さらに、深い眠りに特有の脳波を検知すると、タイミングを合わせて小さな音を流し、徐波睡眠(=最も深い眠りの段階)を後押しする。病院の検査室に頼らず、自宅で計測と介入の両方を行える点が特徴だ。
引用元: AI搭載の額用パッチが脳信号を解析し、深い睡眠を促すウェアラブル技術(Medical Xpress)
分析・見解
病院の検査を自宅へ移す「額」という選択
睡眠の正確な計測には、ポリソムノグラフィー(=一晩かけて脳波や呼吸などを測る検査)が標準とされてきた。頭に多数の電極をつけ、検査室に泊まる必要がある。費用も手間も大きく、受診を後回しにする人が多い。
今回のパッチは、電極を額に絞ることでこの負担を大きく減らす。額は髪の毛がなく、電極を貼りやすい。眠りの深さの判定に必要な脳波は、額でもかなりの精度で拾える。貼るだけで済む手軽さは、継続利用の面で腕時計型より有利になる可能性がある。
1万1,000夜のデータで鍛えたAIの意味
AIの学習に使われたのは公開データベースの記録で、約1万1,000夜分にのぼる。専門家の判定に近い結果を出せたと報じられている。ただし、注意したい点がある。公開データの多くは、病院や研究施設で測られたものだ。自宅で寝返りを打ち、枕に額をこすりつけ、汗をかく環境では、ノイズ(=雑音)が増える。
実験室で高い精度を出した技術が、家庭で同じ性能を保てるかは別の問題だ。血糖測定の分野でも、検査室では優秀でも日常生活では誤差が広がった例は多い。実使用データでの再検証が、普及の分かれ目になる。
測るだけでなく、眠りに働きかける点が新しい
市販の睡眠トラッカーの大半は、眠りを記録して点数を表示するだけだ。結果を見ても、翌日の行動を変えにくいという弱点がある。今回の装置は、深い眠りの脳波を検知したときに小さな音を重ねる。この方法は、閉ループ音刺激(=脳の状態を見ながらその場で刺激を返す方式)と呼ばれ、研究室では記憶の定着が高まったという報告もある。
独自の見方を付け加えたい。この技術の本当の価値は、睡眠薬の代わりになることよりも、薬を使わない選択肢を医師に提供する点にあるだろう。睡眠薬には依存や日中の眠気への懸念がある。副作用が少なく、効果が数値で見える介入は、医師にとっても説明しやすい。
医療機器か健康機器かで、市場の姿が決まる
睡眠の改善を明確にうたえば、医療機器としての承認が必要になる。承認を取れば保険適用の道が開くが、時間と費用がかかる。取らなければ、効果を強く言えない。ここでの選択が、価格や販売ルートを大きく左右する。睡眠テックは、計測で終わる段階から、介入で結果を出す段階へ進みつつある。
ビジネスへの影響
睡眠関連企業は「計測の次」を見据える必要がある
寝具、家電、サプリメント、ヘルスケアアプリを扱う企業にとって、この動きは無関係ではない。計測だけの機能は差別化が難しくなり、利用者は「で、どうすれば眠れるのか」という答えを求め始める。自社の製品が、計測、助言、介入のどこを担うのかを整理しておきたい。
現実的な一手は、外部の計測機器とデータを連携させることだ。たとえば、深い眠りの時間が短い人に、食事や腸内環境に関する助言を返す。自前で装置を作らなくても、結果を活用する側に立てる。
医療・保険・企業の健康経営にも波及する
不眠は、欠勤や生産性の低下につながる。従業員の睡眠を支援する企業は、健康経営の取り組みとして、こうした機器の導入を検討する価値がある。ただし、脳波は極めて個人的な情報だ。データの保管先、利用目的、本人の同意の取り方を明確にしないと、信頼を失う。
導入を考える担当者は、次の三点を確認したい。第一に、家庭での精度を示すデータがあるか。第二に、医療機器としての承認の有無と、表示できる効果の範囲。第三に、脳波データの扱いに関する規約だ。
実用化はまだ先だが、準備できる企業と、動きを見てから慌てる企業とでは、差が開く。今のうちに、自社のデータ連携の方針を決めておくことをすすめる。