ニュースの概要
睡眠アプリ大手のSleep Cycleは、スマートフォンのマイクで拾った睡眠中の呼吸音、いびき、せきなどをAIで解析し、病気の早期発見につなげる構想を明らかにした。英国で開かれたHealth Tech World Liveで、同社の幹部が説明したものである。同社はこれまでに約30億夜分の睡眠データを分析してきた。その蓄積をもとに、音声から睡眠時無呼吸症候群のリスクを推定する技術を開発し、現在は米国で臨床研究を進めている。専門医や睡眠検査を受けにくい地域でも、手持ちの端末で最初のふるい分けができる点が狙いだ。個人の睡眠改善を支えるアプリが、公衆衛生の道具へ用途を広げようとする動きといえる。
引用元: AIとスマートフォン音声で睡眠データを疾病検知に活用、Sleep Cycleが臨床研究(Health Tech World)
分析・見解
30億夜の蓄積が、睡眠記録を医療の入口に変える
睡眠時無呼吸症候群(=眠っている間に呼吸が何度も止まる病気)は、本人が気づかないまま進むことが多い。確定には、検査施設に泊まって調べる終夜検査が必要で、費用も手間もかかる。世界の患者は9億人を超えるとの推計があり、大半は未診断とされる。検査待ちが長い地域もある。ここに、すでに枕元に置かれている電話機が入り込む余地がある。
Sleep Cycleの強みは、新しいセンサーではなく、データの量と継続性にある。30億夜には、年齢、季節、部屋の環境、いびきの個人差が幅広く含まれる。AIの精度は、どれだけ多様な場面を見たかで決まる。ただし、医師が確定した診断という「正解」付きのデータは別に要る。臨床研究を行う意味は、まさにそこにある。
音から推定できるのは、呼吸停止の「疑い」までである
音は間接的な手がかりにすぎない。いびきが途切れ、数秒後に大きな息が戻る。この型を拾って無呼吸を疑う。血中の酸素量や胸の動きを直接測る検査とは、情報の質が違う。
スマホの置き場所、同室者の声、エアコンの音でも精度は揺れる。時計型端末の無呼吸通知機能が先行例だが、いずれも診断ではなく「可能性のお知らせ」という位置づけだ。要になるのは、見逃しの少なさと、誤警報の少なさの釣り合いである。誤警報が多いと不要な受診が増え、医療側の負担になる。
寝室の音声を扱う重さと、公衆衛生に使う際の線引き
寝室の音には、寝言や家族の会話も混じる。生の音声を端末の中で処理し、いびきやせきの特徴だけを取り出して送る設計なのか。ここが信頼の分かれ目になる。アプリ事業者のデータは、米国の医療情報保護法の対象外になる場合もあり、利用者保護は企業側の自主的な姿勢に左右される。地域ごとの傾向を集計して公衆衛生に生かす構想は魅力的だが、匿名化の程度と同意の取り方を誤れば、一度で信用を失う。
睡眠の外へ広がる、せきと呼吸音の解析
せきの回数は、喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)の悪化の目安になる。睡眠アプリがこれらを扱えば、睡眠の質の管理から慢性疾患の経過観察へと用途が伸びる。
私が重視したい視点は、このサービスの競争相手が他のアプリではなく「放置」だという点だ。日本でも潜在患者は数百万人規模とされるが、多くは自分が当てはまると思っていない。検査を受けられない人より、受けようと思っていない人を動かせるかどうか。受診のきっかけを作る力こそが、最大の価値になる。
ビジネスへの影響
医療機器か健康機能か、表現を決めてから設計する
製品が「いびきの記録」を掲げるのか、「無呼吸リスクの推定」を掲げるのかで、必要な手続きは大きく変わる。後者は多くの国で医療機器の規制対象になりうる。米国では食品医薬品局の認可、日本では医薬品医療機器法に基づく承認が関わる。臨床研究の結果を取る前提で機能を作り、広告や画面の文言まで統一して管理したい。
健保組合や自治体は「ふるい分けの後」まで用意する
健康保険組合、健診事業者、健康経営に取り組む企業にとって、アプリのスコアは受診を促す入口として使える。ただし、警告を出すだけでは成果は出ない。提携クリニックの予約、在宅用の簡易検査キット、結果を相談できる窓口まで一続きにしておく。受け皿がないまま誤警報が続くと、利用者は通知を無視し始める。
導入前に確認したい三つの点
一つ目は、音声をどこで処理し、何を保存するかである。国外へ送るかどうかも確認する。二つ目は、精度の根拠だ。どんな集団で、どの診断基準と比べたのかを尋ねる。三つ目は、費用対効果である。最初から全社展開せず、数百人規模の試行で、受診率と確定診断率を測るのが堅実だ。